Moiz's journal

プログラミングやFPGAなどの技術系の趣味に関するブログです

日経Associeの記事

「通勤時間活用術」という特集だったので珍しく日経Associe(2005 07/05号)なんて雑誌を買って読んでみたのだが、特集に読み進む前に首をかしげる記事に出会ってしまった。
『「少子化で日本滅亡」のウソ 人口減少のメリットにも光を当てよ』という記事がそれだ。内容は「人口減少の良い面にも目を向けよう」といった感じの話で、大筋ではそういうこともあるかなと感じたのだが、気になるのが昔の出生率が高かった理由についての記述だ。「昔は家庭が貧しかったから(中略)子供をせっせと産んだ。子供は労働力になるからだ。子供は(略)働いて家計を助けた。」とある。よく聞く説明だが、ちょっと信じられない。それってちゃんと検証された説なのだろうか?
「労働力になるから子供を産んだ」のではなくて、「子供が生まれてしまったので、たいした働きにもならないけど無理矢理働かせた」、の間違いじゃないだろうか?いくら昔のこととはいえ、子供の労働力(プラスの経済効果)が、子供を育てる費用(マイナスの経済効果)を大きく上回るとは思えない。ましてや、出産の前後には重要な労働力である母親の生産性は大きく下がる。さらにいえば、当時の子だくさんの親に経済的な有利不利を考える計画性があったとは到底思えない。
 昔のドラマで「おしん」というのがあった。寒村の貧しい農家に生まれた女性の一代記で特に子供のころの貧しい生活がよく描かれていた。おしんは学校にもろくにいけず子守をするなどしていたが、ある程度成長したところで「クチベラシ」のためにわずかな謝礼と引き替えに奉公にだされてしまう。ドラマの話ではあるが、当時はよくあることだったようだ。これは要するに、子供がいることによるコストが、子供の労働力による見返りより大きかったので、家庭からリストラされてしまったわけだ。「おしん」は女の子だったために当時の農村では労働的価値が低かったのかもしれないが、それでも「昔は子供がいた方が家計が助かった」とはとても思えない。
 さらに、「おしん」のなかではおしんの母親が冷たい川に入って子供を堕胎するシーンがでてくる。これはフィクションだが、忌まわしいことに実際に「間引き(嬰児殺し)」なども行われていたらしい。もし「子供=プラスの家計」であれば、わざわざ大事な赤ん坊を殺すはずがない。やはり昔から「子供=家計の重荷」、だったと考えるべきだろう。
 私にはどちらかというと、当時出生率が高かった理由は無知と無計画さが大きな要因であるように思われる。
 所得と出生率に関係があること自体を疑うわけでは無いが、単純に「昔は子供が労働力だからたくさん産んだ」と決めつけるのは、大きな問題があるんじゃないだろうか。